総括 / Bilan
ルフェーヴルは本来ポップなアーティスト
よく「ポール・モーリアほどサウンドが変わったアーティストも珍しい」と言われているが、私は逆に、彼の音づくりは基本的には変わっていないのに比べて、ルフェーヴルのサウンド方が、PALMARES DE CHANSONS No.1から現在のビクター盤までの間に大きく変わってしまったように思う。いわゆるポップ・アーティストから完全にクラシカルな音づくりに変わってしまっているのである。それが残念でならない。「ポップなポール・モーリア」に対して「クラシカルなレイモン・ルフェーヴル」ということで初期に売り出していったおかげで、そのイメージを定着させられてしまったというのが私としてはとても不満なのだ。初期のアルバムで聴けるように、本当はルフェーヴルはポール・モーリア以上にポップなアーティストだったのである。もっとポピュラー色を強く押し出して演奏してきてほしかった。今回改めて全アルバムを聴き直して、さらにその思いを強くした。(北川隆一)
ルフェーヴルの音楽はドラマである
ストリングスのアンサンブルを追求し続けたプゥルセル、常に先端のリズムを取り込むことを忘れなかったモーリア、原曲のメロディを忠実に歌うことを貫いたカラベリ。プゥルセルの演奏はダンサブルで、ミュージカルのステージを彷彿とさせる、まさにエンタテインメント。日本風に言えば、人間国宝の宮大工の棟梁の仕事である。モーリアのそれは、超一流のグラフィック・デザイナーの作品を鑑賞しているような感じ。カラベリの演奏には、古典落語の名人の話芸を楽しんでいるような安心感がある。
そんな彼らに対しルフェーヴルはどうかと尋ねられれば、原曲のメロディを使ってオーケストラでドラマを作り上げた人と言えようか。彼がもし映画監督になっていれば、ヴィスコンティや黒澤のような芸術性に富んだスケールの大きな作品を完成させただろう。
他の3人に比べて録音がぐっと少ないルフェーヴルの演奏には、パターン化されたアレンジ(いわゆるルーティン・ワーク)が一番少ないように思う。その時々の音楽のムーヴメント(流行)とテクノロジーの進歩に身を委ねながら、“自然体”かつマイ・ペースで自己の音楽を表現したのがルフェーヴルだった。サウンド的にはプゥルセルほどゴージャスでなく、またモーリアのように精緻でもないが、誰よりも感情が込められたエモーショナルな演奏の数が多く、そういう意味でルフェーヴルは最も芸術性が高いと思っている。
一方、プロモーション(セールス)的に見ると、日本だけでなく世界枠で考えた場合、4人の中ではルフェーヴルが最低かも知れない。その原因としては、ルフェーヴル自身に成功して有名になってやろうという“野心”があまりなかったこと、ラテンやタンゴ、リズム&ブルースなどのワールド・ワイドにアピールできる曲をあまり録音しなかった(これらの曲が好きでなかった?)ことが挙げられよう。さらに、レコード会社がシャンソン専門で純国内資本のバークレーであったことも災いしたのではないか。しかし、そんな恵まれない環境のルフェーヴルであったが、日本では「シバの女王」の叙情性が受け入れられて大ヒットしたことと、“洋楽のキング”の熱心なディレクターの方々のおかげで、モーリアに次ぐ知名度が得られた。これは本当に幸運だったと言えよう。
いずれにせよ、ルフェーヴルの演奏=音楽はクラシックやジャズの巨匠たちの名演・名盤のようにいつまでも色褪せることなく輝き続けるであろう。(市倉栄治)
ルフェーヴルは常に時代を先取りしていた
「モーツァルトがもし60まで生きていていたら、生前に作曲した倍以上もの名曲を残しただろう…」この意見に対して否定的な意見もある。現実には長生きした作曲家でも、年を取ってからその才能に目覚めた人や、逆に年をとってからはパタッと作曲をするのをやめてしまった人の方が多いからだそうである。世代が変わって好みは変化するし、音楽という芸術そのものが(楽器を含めて)進化しているのだから、“オリジナリティ”と“世の中の変化への対応”のバランスがうまくとれていないと、よほどの特殊な才能の持ち主でもない限り40年も50年も第一線で活躍するというのは難しいことかもしれない。
特にここ数十年の音楽界はエレクトロニクスとメディアの進化によりめまぐるしく変化していることもあって、10年以上も同じ様なスタイルでアルバムを出し続けて人気を保ち続けるということは不可能に近い。例えばカーペンターズやサイモンとガーファンクルなんかは60〜70年台の音であるところが好まれているのであり、今風のサウンドで新作を出しても、あるいは70年代と同じスタイルでアルバムを発表しても話題にはなるかもしれないが一時的なものでしかないだろう。
こう考えてくると、40年もオリジナルのアルバムを制作し続けることができたルフェーヴルは、声の衰えというハンディがあるヴォーカルではなくイージー・リスニングというジャンルであることを差し引いても、すごいアーティストなんだなと思えてくる。いやイージー・リスニングといっても、ラテンやタンゴといったパターンとして確立された音楽ジャンルではなく純粋な“ポップス”を幅広く40年に渡って手がけてきたのであるから、あらためてその偉大さに驚いてしまう。それはモーリア、カラベリにも同じことが言える。
そういえば、ロンドンレコードのルフェーヴル担当ディレクターだった渡辺さんはかつて「ルフェーヴルは君たちが考えているよりもっと進んでいるんだよ」と言ったそうだが、それはそのとおりで、こうしてアルバムを改めて聴き直してみると、アルバム発売当時、盤に初めて針を下ろして飛び出してきたサウンドに仰天して「なんでこんなサウンドになってしまったんだ?」と驚いたのがウソのようで、時代の流れにうまく合わせた音づくりをしていることに感心してしまう。だから北川氏が「ルフェーヴルのサウンドの方がモーリアより大きく変わっている」と言うのもそのとおりで、モーリアのように都会的なサウンドでないルフェーヴルの場合は、同じように時代の流れに合わせてサウンドを変えていっても、モーリアよりも露骨にその違いが表れてしまったということも言えるのではないか。ただし70年代初めのリズムを引っ込めた音づくりはキングの要望によるもので、ここの部分はルフェーヴルの意に反していたかもしれない。しかし現在のシンフォニックな音づくりは、アコースティックな音が好まれる今の時代に合わせた結果であり、別にビクターの注文によるものではない。いや、ひょっとしたらプゥルセルと同じようにクラシックへの回帰なのかもしれない。
ルフェーヴルは常に時代に敏感だったからこそ、そして時代を越えたアレンジで曲を残し続けたからこそ、どの作品も光輝いているのだ。
最後に、ルフェーヴル・サウンド8年ごとに区切って、そのサウンドの移り変わりを総括してみたい。
◆1956 -1964頃 初期はダンス用の曲でリズムのはっきりしている曲が多い。後期になるとメロディを歌う楽器が増えて豊かなサウンドになる。
◆1965頃-1972頃 『新しい世界』のアルバムまでの“パルマレス・デ・シャンソン”時代。ロックのリズムと融合したサウンドが特色。イージー・リスニング全般を聴く人は、この時代の音が好きな人が多い。確かにイージー・リスニングをポップスとしてとらえるとそうなるかもしれない。
◆1973頃-1980頃 リズムが薄いサウンド、マイナーな曲調が増え、ディスコの影響も受けた前期。そしてリズム・セクションのロンドン録音や電子楽器の多用したサウンドと、もっともサウンドの移り変わりが激しかった後期と2つに分かれる。ルフェーヴル・ファンには、彼のサウンドの優しさ、奥深さが感じとれるこの頃のサウンドを好む人が多く、前期は『雪が降る』後期は『北海道シンフォニー』がそのサウンドの完成形と言える。
◆1981頃-1988頃 パレ・デ・コングレでのレコーディングに始まり『バック・トゥ・バッハ』に至るまでのこの期間は、音のクォリティは上がったが逆に経費節減の波にもまれてしまい、新しいものは生み出せたが不完全燃焼の部分があったことは否めない。
◆1989頃-1996頃 「オペラ座の怪人」から始まるビクターでの音づくり。ミック・ラナロを始めとしてバークレー時代からのメンバーで引き続き制作活動をおこなったためか、今までのうっぷんを一気に晴らすかのように贅沢なサウンドづくりとなる。
◆1997頃- シンフォニックな音づくりに変わり、曲によっては全部のパートがそろって一度に録音する曲も出てきた。これまで生み出してきたサウンド&アレンジの集大成とも言うべき充実したサウンドが心地よい。
(松本久仁彦)
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