「雪が降る」は言わずと知れた1963年のアダモの代表作です。日本では、1969年6月に安井かずみさんの日本語歌詞をB面に収録したシングル盤がオリコンのヒットチャートで90週チャート・イン(100位内)、最高5位の大ヒットを記録し、洋楽シングル盤ロング・セラー記録の2位を獲得しています。ちなみに1位はレイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラ「シバの女王」の110週ですね。110週と言っても連続ということではないと思います。だから、アダモの場合は毎年冬になるとチャートに入ってくる、といった現象がしばらく続いたのではないかと思います。
 アダモがTVのインタビューで「日本に向かう飛行機の中で自分の曲が流れてきた時『これは何という曲ですか?』とキャビンアテンダントさんに聞いたら『日本の有名な曲でございます。』と答えられた。」という話をしていたことを思い出しますが、確かに、森進一さんあたりが歌っていても不自然ではない演歌調の作品です。

●アダモ "Tombe la neige"

 イージー・リスニング全盛期の時代であった1975年頃、ルフェーヴルは「枯葉」「ラ・メール」「そして今は」「行かないで」「帰り来ぬ青春」といった、フランスのオーケストラであれば必ず取り上げるであろう古いシャンソンの名曲を録音していませんでした。デビュー以来関わってきた毎週日曜日のゴールデン・タイムに生放送される音楽番組の準備に時間を取られていたこともあって、自身が録音するアルバム作品についてはその当時にヒットした作品を取り上げるので手一杯だったようです。そんな中、キングレコードからのリクエストに応え、20年近く続いたテレビ番組の音楽監督を辞めて挑んだのが、日本では1976年に発表された『雪が降る~ルフェーヴルが贈る愛のシャンソン』というアルバムでした。
 このアルバム、日本盤とフランス盤とでは2曲の入れ替えが発生し、その2曲はフランス盤には収録されませんでした。ひとつがイタリアの歌手ミーナがアルベルト・ルーポをパートナーとして歌い、フランスではダリダがアラン・ドロンを相手にして歌った「あまい囁き」で、もうひとつが、この「雪が降る」なのです。そして代わりにフランス盤に入ったのが、ミレイユ・マチューが歌い1971年5月にヒット・パレードの1位を獲得した「ある愛の詩」と「潮風のマリー」でした。「あまい囁き」は新しい曲でフランス国内では外国曲の認識だったでしょうからまあいいとして、「潮風のマリー」は、リナ・ケッティ、ティノ・ロッシ、ジャン・サブロンなど偉大な歌手が取り上げてきたとは言え、もともとはイタリアの曲であり、しかもルフェーヴルの前作のアルバムに収録済の曲です。「雪が降る」は選曲で負けてしまったのです。ベルギー人とは言えフランスを代表する歌手のひとりであり、「夜のメロディ」「二人のロマン」「インシャラー」など多くのヒット曲を持つアダモの名曲です。フランスで発売されているベスト盤にも必ず収録されている知名度のある曲にもかかわらず、なぜそのような扱いになってしまったのか不思議でなりません。
フランス盤の内容はこちらから

●レイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラ "雪が降る"

 さて、そのルフェーヴル盤「雪が降る」の演奏ですが、初めて聞いた時、アダモ盤の伴奏や歌い方とまるで違う心情描写的な演奏にたいへん驚きました。ルフェーヴルの演奏は、ハープで雪がはらはらと降る様子が描写されるところから曲は始まります。「♪雪は降る。あなたは来ない。」これは相手が大雪が理由で来れなくなった状況を歌っているわけではありません。雪が降る情景に自分の心の淋しさを重ね合わせているわけです。だから、ドバドバと降るのではなく、増してや吹雪いていることなく、ルフェーヴルの演奏ような静かに降っているイメージの方が、作品としての本質を捉えていると思います。そして主旋律が鋭い心を切り裂くかのような高音域ヴァイオリンで演奏され、相手がいつまで待っても来ない、おまけに雪まで降ってきて心だけでなくからだの芯まで冷え込んでしまう、そんな情景が表現されています。さらにルフェーヴルのアレンジとしては大変珍しいことに、主旋律を歌う楽器が交代することなく1コーラスずっと高音域ヴァイオリンによって歌われています。待ち人が来ないというただひとつの悲しみを徹底的に描写しているかのようです。2コーラス目はチェロが主旋律を歌い、高音域ヴァイオリンがアクセントとして加わり、やがて1オクターブ下げたヴァイオリンがメロディを引き継いでいきます。少し心が落ち着いたのでしょうか。しかし2:26から一変して元の高音域ヴァイオリンに戻り、悲しみがぶり返してきているような描写となります。1コーラス目より強烈な悲しみで、バックで鳴るホルンはあたかも心の叫びのようです。最後、アダモ盤では繰り返して音がだんだん小さくなって(フェイド・アウトして)終わりますが、ルフェーヴルの演奏では余韻を残しながら静かに曲の終わりを迎えます。暗い部屋に一人で訪れない待ち人を思い、あきらめうなだれる姿が目に浮かびます。
 アダモ盤では歌詞がありますから、それで内容は伝わります。レイモン・ルフェーヴルは歌詞がないオーケストラの演奏だけで、このドラマを表現しきったのです。このルフェーヴルの見事な職人芸。これほどまでに見事に歌詞の内容まで演奏の中に昇華させてしまうような編曲家なんて、どこにもいませんよ。