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サウンド・オブ・ラヴ

 この曲の存在を知ったのは1992年頃だったでしょうか。私だけでなく当時のルフェーヴル・ファンで知っている人はいなかったと思います。ファン・クラブの会報にも一度も登場していません。それもそのはず、この曲はフランスでも17cmシングル盤「現代っ子」のB面として発売されたっきりで、その後はコンピレーション盤にも決して収録されることがなかったのですから。知り合いのフレンチ・ポップスのコレクターと話をしていた時のこと。「ルフェーヴルが"The Sound of Love"って曲やってるの、知ってる?」「えっ、いつ頃の録音なんですか?」「70年代中頃だろうかなぁ。」「え、本当ですか?」「ちょっと待って、捜してみる。」そして聞かされたメロディは、歌詞付きのコーラスが入るという珍しい作りながら、基本線はルフェーヴルが作曲した「現代っ子」と同じ音作りで、どう聞いてもルフェーヴル・サウンドそのもの。「えー、こんな曲やってたのか…。」自分自身、少なくともパルマレス・デ・シャンソン以降の曲は全部把握している、と思っていたのでびっくりでした。あとになって「何かの機会にコンピレーション盤に組み込んで発売してもらいたい…。でもそもそも、日本に音源はあるのか?」そう思ってビクターに確認したところ、キングからポリドールを経由して渡されてきたアナログ・テープにも、新たに取り寄せたデジタル・マスターの中にも入っていることを確認。これで、レイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラの作品として日本でも発売できるという確証が得られました。あとはどのタイミングで世に送り出すかです。しばらくそのチャンスがなかったのですが、1998年にフランスのオリジナル・ジャケットを2 in 1で復刻する話が持ち上がり、その時「レインレイン/エデンの少女」のカップリング盤に「サン・レモ」のアルバムとダブっている2曲をカットし、23曲目に組み込むことで、約20年ぶりに陽の目を見ることができたわけです。日本にも音源が届いていたのに、それに、いかにもルフェーヴルらしいフレンチ・サウンドの粋とも言えるようなサウンドなのに、なぜ当時のキングレコードは発売しなかったのでしょうか?不思議です。

●ラシェード "Le ça va, ça vient"

 さて、さきほどのフレンチ・ポップスのコレクターは、その「サウンド・オブ・ラヴ」の原曲まで所有していました。Rachid Bahriという歌手が1974年に"Le ça va, ça vient"というタイトルで歌ったシングル盤です。そのジャケットには、作曲者としてアンドレ・ポップ、作詞者にピエール・クールという「恋はみずいろ」などでおなじみの名前と、そして編曲者として「エマニエル夫人」の作曲者でもあるエルベ・ロワの名が書かれていました。日本で言えば、筒美京平と松本隆と萩田光雄の3人で曲を作ったような、当時のフランス音楽界を代表する超贅沢な布陣です。さすが、ルフェーヴルの演奏があれだけフランスの粋を集めたような濃厚さが詰まった優雅な演奏になるのも納得…。と思って、Rachidの歌を聴いてみるとルフェーヴルの演奏に原曲の痕跡がメロディ以外残っていないことにびっくりしてしまいます。

●アンドレ・ポップ・オーケストラ "The Sound of Love"

 実は作曲者アンドレ・ポップも、1975年にフランスRCAより発売された"Eurovision 75"というアルバムに、この曲を収録しています。そして、その演奏を聴くとルフェーヴルのような歌詞入りではありませんが、コーラスが入っていてイントロ部分も含めてなんとなくルフェーヴルがアレンジした演奏に近い雰囲気が感じられます。このアルバムに収められた作品は1975年のユーロヴィジョン・ソング・コンテストでモナコ代表曲となったアンドレ・ポップの作品"Une Chanson C'est Une Lettre"を筆頭に、ほぼ1975年のヒット曲で占められています。録音された演奏の編成や録音の仕方を聴いても、"Le ça va, ça vient"だけ1974年に録音していた、というのはちょっと考えにくく、録音順としてはおそらくRachid→ルフェーヴル→アンドレ・ポップの順番でしょう。そうすると、アンドレ・ポップはルフェーヴルの演奏をベースにアレンジした可能性はありそうです。

●レイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラ "The Sound of Love"

 そしてひとつ気になるのは、Rashiedの"Le ça va, ça vient"のシングル盤には"The Sound of Love"と書かれておらず、一方のルフェーヴル盤の方はマスター台帳上の記載を含めて、英題の"The Sound of Love"のタイトルのみ書かれていて、シングル盤を含めて、どこにも原題"Le ça va, ça vient"が表記されていないのです。つまり、曲名が全く意味の違う英題に変えられ英語の歌詞まで付けられ、まるで、全く新しく作り直した曲のような扱いをされているわけです。アンドレ・ポップ盤は仏題に加えて括弧書きで英題が記載されてはいるのですが、ここらへん、いったいどういうきっかけで英語の曲名が付き、どういう経緯でルフェーヴルの演奏に英語歌詞のコーラスがついたのでしょうか。

 バークレーからビクターに届いたデジタル・テープの明細を見せてもらいました。"Le Premier Pas" から始まり、11曲目に"She"と書かれていて、ここまではいいのですが、12曲目に"Les Enfants Du Siècle (Angleterre), 160.003A"と書かれてあり、その次に1行空けて"En fin de bande seulement pour 45N"と書かれ、続いて"The Sound of Love (Angleterre), 160.003B"と書かれてあります。160.003というのは、バークレーから発売されたシングル盤の規格番号です。"En fin ... 45N"というのは、おそらく「45回転盤のみで発売した楽曲を最後に収録しておきました」ということでしょう。そして"Angleterre"は「イングランド(英国)」という意味です。アズナヴールの"She"が英国のテレビ・ドラマで使われたように、ルフェーヴルの"現代っ子/Les Enfants Du Siècle"と"The Sound of Love"も、同じように英国のTV番組のテーマ曲か挿入歌として要望を受け録音された「英国向け録音」なのではないか、という可能性が考えられるわけです。もちろん、これはあくまで可能性のひとつでしかありませんが、まあ、当たらずとも遠からずではないか、という気がします。