レイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラのサウンドを特徴づける楽器というと、みなさん何を思い浮かべるでしょうか。そうですね。まずはフルートでしょうか。一般的なポピュラー・オーケストラではフルートをそう頻繁に使うことはない楽器なのですが、ルフェーヴルはパリ・コンセルヴァトワールのフルート科出身というだけあって、デビュー曲の「バンビーノ」をはじめ、多くの曲で重要なパートにフルートを使っています。また、「ジュ・テーム」で聴ける、他のオーケストラには決して聴くことができない、なんとも艶かしい官能的な雰囲気を醸し出す名演も忘れてはなりませんし、なんと言っても、来日公演で聴かせてくれたルフェーヴル自身によるフルート演奏の存在は大きいでしょう。
 
 フルート以外では「そして今は」「オペラ座の怪人」で聴けるような、フレンチホルンの雄大な響き。「マ・ヴィー」「哀しみの終わりに」で聴ける豊かで暖かい音色のチェロ。そしてルフェーヴル・ファンが、この音が入らないとルフェーヴル・サウンドは成立しないと来日公演での演奏者追加を求めて1987年についに実現したオーボエも、ルフェーヴル・サウンドを特徴づける楽器と言っていいでしょう。
 
 私としては、さらにもうひとつに加えておきたい楽器があります。ギターです。そう、「ラ・ボエーム」「セリーヌの瞳」そして「シバの女王」と、いかにもルフェーヴルらしい哀愁を漂わせて爪弾かれるギターの音色は、他のオーケストラでは聴けない特徴と言っていいのではないでしょうか。これらの曲以外にも「パーリー・スペンサーの日々」や「明日にかける橋」なんかもギター演奏が曲全体のイメージを形作っているところがありますし、ピアノの譜面をほとんどそのままギターに置き換えて演奏してファンを驚かせた「エリーゼのために」も印象に残る作品です。
 
 こういったギターをメインに押し出したアレンジをおこなった作品の録音の多くが60年代後半から70年代前半に固まっているのは、もしかしたら、この時期のオーケストラ・メンバーにたいへん腕の立つ優秀なギタリストがいたからかもしれません。確かに1967年録音のオリジナル盤「シバの女王」で聴ける、あの表情豊かなイントロは、それ以降の新録音やライヴ演奏と比較しても一聴瞭然の生き生きとした演奏で、イントロ部分のギターの演奏で聴く人の心をがっちりつかんで、続くヴァイオリン演奏の部分へと引き込み、その背後で静かにリズムを刻みながら聴かせどころの主題部分へと引き継いでいく演奏は、さすが120回もオリコンチャートに登場した曲だけあるな、と思わせるに足る演奏です。もし、その時代に優秀なギタリストが身近にいなかったら、あのアレンジは生まれていなかった可能性がありますし、仮に生まれていたとしても、日本であれほどのヒットをしなかった可能性だってあると思います。
 
 「明日に架ける橋」も「シバの女王」に負けず劣らずのギターの名演奏が楽しめる作品です。特にイントロ部分のギター。中間部にも同じ演奏をする箇所が出てきますが、指使いにかなり高度なテクニックが求められるギター奏者泣かせの譜面のようで、私が後述の1987年のコンサートで聴いた時も、かなりしんどかったイメージが残っています。スタジオ・レコーディングなのでやりなおしは利くのですが、単にテクニックだけではなくて、ギターの音色やリズム感から余裕が感じられ、やはりルフェーヴルとしてはこの優秀な演奏者を念頭に置いてアレンジであることは間違いないでしょう。
 
 この曲は、そもそもポール・サイモンはギターで作曲した作品なのです。でも、ポールのヴォーカルとゴスペルらしい敬虔さを表現するためにはピアノ伴奏の方がいい、ということになってジミー・ハスケルによってピアノ伴奏譜面が書き起こされたようです。(出典元:サイモンとガーファンクル コンプリートコレクションCD解説)ジミー・ハスケルは、映画音楽を手がけたり、自身のバンドで演奏もののアルバムも出していて、さだまさしのアルバムにも参加しているアレンジャーですね。
 
 ところで、どの楽器を使って作曲をしたかというのはメロディに現れるものだそうです。以前「タモリ倶楽部」で、JR東日本の発車メロディを作曲した方が、ギターで作曲したメロディとピアノで作曲したメロディを聞き比べて、メロディに現れる音の変化(飛び具合など)、コードの変化やリズムといった要素が、作曲する楽器によって違ってくる、という話をされていました。ルフェーヴルが「明日に架ける橋」がギターで作曲された作品であることを見抜いたのかどうかわかりませんが、イントロ部分から始まって最後までピアノは使わず、ギターを伴奏にストリングスが歌うという構成にした方が、この曲の真価が発揮できる、と判断してアレンジを施したことは間違いないでしょう。そしてさらに、エンディング部分でルフェーヴルは原曲からインスピレーションを得てオリジナリティあふれるブラスのアレンジを組み込みドラマチックに曲を終わります。たぶん、声量のある歌手がルフェーヴルのこの編曲を使って歌ったら、ものすごい迫力になると思います。
 
 実は、この「明日に架ける橋」。ルフェーヴル本人が来日した公演では2回のツアーで演奏しています。1回目はライヴ・レコードも出た1972年。これはファンならご存じでしょう。2回目は1987年で、これは公演日程の終盤になって、カデ・ルーセルに続く1曲目の「オール・オブ・ユー」と急遽差し替えられて演奏されました。そして、実はもう1回、リハーサルまでやったのに、コンサート時間の関係で本番はカットされたツアーがあるのです。1993年のツアーです。この年は「ステファニー」「マグダレーナの伝説」がカットされてしまったことは既に書き込んでいますが、「明日に架ける橋」もカットされてしまっていたのでした。もし、カットされていなければ、第2部のオープニング「パリ人の生活」と「トゥナイト」の間にドラマチックな演奏を楽しむことができたはずなのに残念です。

●レイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラ "Bridge Over Troubled Water"