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ナディールのロマンス(真珠採り)

 新しいアルバムの企画のため、ビクターのルフェーヴル担当ディレクターが、何曲かの譜面や音源をルフェーヴル氏に送った時のことです。その中の1曲について、ディレクターはこのようなことを言われたそうです。
 
「作曲者名書いてなかったけど、あれ作曲したの、ドイツ人じゃない? 私はドイツの曲はやらないから。」
 
 その曲の名は、ミュージカル「エリザベート」(1992年)。作曲者のシルヴェスター・リーヴァイはハンガリー出身で、27歳の時(1972年)にミュンヘンに移り住み、以降、ドイツで活躍した作曲家ですので、ルフェーヴルの言ったことはほとんど当たっていたわけです。でも実際にはルフェーヴルは、ドイツ人作曲家ベルト・ケンプフェルトの「夜のストレンジャー」とか「スペインの瞳」とかやってますし、それに1977年のライヴでも演奏した「フライ・ロビン・フライ」は、実はシルヴェスター・リーヴァイの作品なんですね。ということで、あくまで音楽的なフィーリングが合わなかった、ということなのだろうとは思いますが、音楽を聴いただけで「あ、これはドイツの音楽だ」とわかってしまうとはすごい耳です。
 
 また、ルフェーヴル氏は、こんなことを語ったそうです。
 
 「なんでドイツ人はあんなビゼーの美しいメロディをタンゴなんかにしてしまったんだろうね。」
 
 ルフェーヴルは、1982年の『OPERAMANIA』というアルバムで、ビゼーの有名なオペラ『真珠採り』の第一幕で歌われる「ナディールのロマンス(耳に残るは君の歌声)」を取り上げています。ビゼーと同じパリ音楽院に在籍していたレイモン・ルフェーヴルとしては、偉大な先輩が作ったあの甘美で奥深いメロディと漁夫ナディールによって歌われている美しい歌詞が、タンゴの4拍子のリズムで打ち砕かれてしまっているのがショックだったのでしょう。ルフェーヴルがドイツのポピュラー音楽に距離を置く発言をしたのは、そういうところからきているのかもしれません。
 
 そう言えば、ポール・モーリアは1973年に「真珠採り」を録音し、さらに1988年に『Retrospective』というアルバムで再録音しています。他の多くの曲がベスト・アルバムに何度も登場するような特徴的な曲であるのに対して、なぜ、この曲を選んだのか、という疑問がありましたが、ポール・モーリアもルフェーヴルと同様、この曲にはフランス人としての並々ならぬ思い入れがあるのかもしれませんね。

●レイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラ "Romance De Nadir"