素晴らしいコンサートでした
来日したフランシス・レイのオーケストラは、8人のフランス人と7人の日本人からなる15名の編成。人数としては小規模ですが、かつてポール・モーリアやレイモン・ルフェーヴルといったフランスのオーケストラのコンサートなどで音響を担当されてきた東京音研の菊地さんが携わっただけあって、ストリングスがたったの4人というハンディを乗り越え、さらにブラスも生音とスピーカーを通して出てくる音がいい具合にミキシングされて、完成度の高いサウンドを聴くことができました。お客さまの入りが残念な日もあったと聞きますが、それでもFGLのティエリー・ウォルフ氏(フランシス・レイの音源の多くを保有しているレコード会社のCEO)としてはお客さまの反応の良さには満足していたそうですから、今後このスタイルで世界各地で開催していくことを期待したいです。もちろん日本へも、ぜひもう一度。
東京公演では…
東京のコンサートでは最初にクロード・ルルーシュ氏の挨拶があり、また公演終了時にはフランシス・レイの親族など十数人が舞台にあがるなどの演出がありました。(大阪は6人。仙台と名古屋はなかったそうな。)ルルーシュ氏からは出会いの頃の秘話が披露され、フランシス・レイが持ってきた「男と女」の音楽を、夜中だったので周りに迷惑にならないように布団をかぶって聴いていたといった話などが語られました。ただ、通訳の方が訳される日本語が早口になって聞き取れない部分があったり、また訳している途中でルルーシュ氏やティエリー・ウォルフ氏が続きを話し始めてしまう、といったことがたびたび起こり、聞き取れなかった部分があったのが残念でした。そういう状況を見ていると、山崎肇さんが、お客さまと演奏者の距離を近づけてくれる、いかにすばらしい司会者であったか、ということをつくづく思い起こされてしまいます。
大阪公演では…
大阪のコンサートでは通訳はレイナ・キタダさんが勤めたことで、非常に聞き取りやすくなった上に来場者にわかりにくい部分は補足説明まで加えられるなど改善が図られていました。最初の曲「ライオンと呼ばれた男」が演奏される前に、ジャン・ポール・ベルモンドが演ずる作曲家をフランシス・レイをイメージして描いたであろう、映画「あの愛をふたたび」のワンシーンが上映されるのですが、大阪公演では、いっしょに車に乗っているアニー・ジラルドの台詞をレイナ・キタダさんが、ジャン・ポール・ベルモンドの声を男性の方が吹き替えをおこない、おそらく観客のほとんどの人がフランス語がわからない状況に配慮されていました。余談ですがこの部分、東京では吹き替えがなかったのに加えて、通訳の方が映画のワンシーンを上映する意図について上手く訳してくれませんでしたから、なぜこの映像が映し出されたのかわからない方もいらっしゃったかもしれません。
東京と大阪で雰囲気に差が
東京と大阪ではプログラムは同じでも、通訳以外にちょっと違う雰囲気を感じました。それは大阪という土地柄もあったのでしょうけど、おそらく、仙台、名古屋と連日コンサートを続けていく中でステージ・スタイルが固まってきたというのが大きかったのではないかと思います。最終公演の音を収録することにしたのも、そういた状況が後押ししたのでしょう。
土曜日の公演ではクレモンティーヌが最前列の人に向かって「お元気ぃ〜」と声をかけて登場したり、他の公演ではなかった「占領下のパリ」のアンコール演奏もあったりしました。そして、翌日の実際最終公演では口笛を鳴らす方や声援を贈る方もいらっしゃって、歌手のみなさんの表情からもリラックスされているのが伝わってきます。また、最終曲の演奏が終わるとメンバー全員が舞台前方に集まり、スタッフも舞台に上げられ、その様子を歌手たちがスマホで撮影するという風景も見られました。両日とも、ティエリー・ウォルフ氏が開幕後の登場時に「ボンソワール」ではなく「まいど」と挨拶するというのも、大阪公演ならではのお約束です。
東京国際フォーラム にて
ブリーゼタワー 1階にて
公演後のサイン会(大阪)
舞台演出では…
オーケストラのメンバーの上部には大きなスクリーンが吊るされ、映画のスチールやレイのスナップショットなどが投影され、演奏とともに楽しめる演出も良かったです。もはや演奏する楽団員だけを眺めているだけのコンサートがクラシック以外成立しなくなっている現在、こういった演出ができるのは映画音楽作曲家の強みでしょう。先ほど述べた、開幕後の「あの愛をふたたび」以外にも、「ある愛の詩」では実際の映画の一場面(アイスホッケーのシーンなど)を、またフランシス・レイの遺作となった「ファイナル・ドット」の演奏前には、ティエリー・ウォルフ氏に演奏して聴かせている、まさかこのあと何週間か後に亡くなるとは思えない、お元気なレイの姿の映像を映し出していました。
演奏の方は
ここは「イージー・リスニングの部屋」なので歌手や歌の内容について言及するのは割愛させてください。演奏の半分くらいは歌入りでしたし楽器の変更があった演奏もありましたが、編曲は原曲に準拠したものが多く、また最初に述べたように小編成の割には充実したサウンドだったこともあり、フランシス・レイのサウンドを十分楽しめるコンサートだったと言えます。特に2人のコーラスも加わった「個人教授」の迫力ある演奏や「ビリティスのテーマ」の幻想的な旋律などは、70年代のイージー・リスニングを彷彿とさせてくれます。クレモンティーヌは日本でも少しは名が知れた歌手なのに、プログラムの写真を除いて他の歌手と同じ扱いになっていたのはちょっと意外でしたが。
イージー・リスニングのファンからは「フランシス・レイってあまりよく知らなかったけど、ポール・モーリアの演奏で知ってるメロディが多かった」という声や「やはり、ポール・モーリアやレイモン・ルフェーヴルの演奏に比べるとアレンジに物足りなさを感じる」という意見がありました。また、YAMAHAのエレクトーンSTAGIAを弾いている人からは「キーボードをほとんど右手だけでしか演奏しない曲が多いことにびっくり。」といった意見もありました。まだ電子楽器が発展途上の楽器だった時代の音楽ですから、オーケストラの中での使われ方も最近の音楽とは違っていたことに改めて気づかされた次第です。「昔、ビクターのスタジオにあったモーグのシンセサイザーは3オクターブくらいしか鍵盤なかったよ。それ弾いて、ニニの伴奏音源作ったこともあったね。」と、かつてニニ・ロッソを担当されていて、今回の来日記念盤CD企画に関わった脇田さんが教えてくれました。
あと、最終日の公演終了後に知らない方から興奮気味に「よかったですよねぇ。」と声をかけられました。音楽好き、みんなが楽しめたコンサートであったことは間違いありません。
音響がこそが成功の要因
正直言ってYouTubeで公開されたフランスでの公演を見たとき、申し訳ないですが、演奏の質も音響も、とても当ホームページで紹介できるレベルではないと感じました。一方で今回の日本公演が良かったのは、フランス人も日本人も楽器演奏者のレベルが高く、そしてその力量を音響担当の菊地さんが十分引き出してくれたおかげではないかと思います。
特に弦楽器です。弦楽器は個々の楽器の音色が異なりますから、演奏者が増えると倍音成分が複雑になり厚みのある音が生まれます。ジョン・ウィリアムスの映画音楽はその迫力ある音を十二分に活かした演奏スタイルと言えるでしょう。一方で、いわゆるイージー・リスニングのオーケストラは、そこまで大人数の編成は組むことができません。だからマントヴァーニのように音のタイミングをずらして、生演奏でもエコーのような効果を生む奏法や、ルフェーヴルのように和音にならない濁った音を少しだけ加えることで音に厚みや奥行きを与える編曲が生まれてきたわけです。そして今回の公演では弦楽器奏者がたったの4人。それぞれの独奏者が弾いている音色を際立たせ、音の大きな管楽器やドラムスの中でバランス良く鳴るように音を調節していったのは間違いなく菊地さんです。
フランシス・レイの音楽を含む、特にフランスのイージー・リスニング・オーケストラは主旋律と副旋律の楽器が頻繁に変わったりするので、今回のような各楽器から音を拾って生音と上手くバランスを取りながらスピーカーから音を流す方式の音響は、とかくフルートが聞き取れなかったり、チェロが鳴ってなかったり、ギターの音が突如大きくなったり…といったことが発生しやすいのですが、そんなことも全くありません。懐かしい音を久々に聞いた思いがしました。
実はサンケイホール ブリーザは前日までの公演会場とは違い、落語会やトークショーをメインにした響きを押さえたホールであるため、そういうホールでもオーケストラならではの豊かな音を観客に届けるためにかなり調整をされたようです。ホールの特性だけでなく観客の入り具合によっても音の響き方は変わります。雨の日か、晴れの日かによっても変わるかもしれません。そういった職人的なノウハウなくしては完成度の高いイージー・リスニング・オーケストラのライヴは成立しない、ということもよくわかりました。
東京公演で収録された映像がどのような形で公開されるのかはわかりませんが、できることなら、フランスでやったように、抜粋版ではなく全てを公開していただければいいですね。会場の音響とYouTubeの音編集は全く違いますので、どこまであの良さを伝えてくれるか不安なところはありますが、詳細がわかりましたら、このサイトでもご案内いたします。
チラシに「フランシス・レイ 公式オーケストラ、初来日!」と書かれていますが、1971年の来日コンサートは本人もアコーディオン奏者として参加したくらいですから、たとえ日本フィルハーモニーポップスオーケストラのメンバーが入っていたとしても公式オーケストラでしょう。また、1994年の来日公演でオーケストラの指揮をしたのは、レイの多くの作品でオーケストラへの編曲をおこない、1977年頃にロンドンでフランシス・レイ本人も参加して開催されたコンサートでも指揮をしたクリスチャン・ゴベールでしたから、演奏は本家本元で本人とつながりも深かったはずです。そのあたりの歴史は誤解が生じないようにきちんと伝えていただきたいなと思います。
「特にベースとギターはレイ作品のオリジナルメンバーであります。」と書かれているのは、今から30年前の1993年にルフェーヴルのオーケストラで来日し、シャンソン・メドレーで歌まで披露してくれたベーシストのトニー・ボンフィスと、ギタリストのニコラ・デ・アンジェリスことジャッキー・トリコワールのことで、確かにトニー・ボンフィスはレイと同じくニース出身で何度もいっしょに仕事をした、ということは直接ボンフィスからも聞きましたが、いっしょにやってたのは年齢的に考えてふたりとも70年代中盤以降でしょう。なお、当日の公演ではジャッキー・トリコワールは来日できず、フランス人ギタリストが代役を務めていました。
演奏曲目
今回演奏された曲目を記しておきます。構成としては休憩なしの1部構成で、全体的に日本人になじみがありそうな選曲がなされているのはよかったですね。
[1] Itinéraire d'un enfant gâté / ライオンと呼ばれた男 [1988]
★クロード・ルルーシュ監督作品。主演はジャン・ポール・ベルモンド。
[2] Du soleil plein les yeux / さらば夏の日 [1969]
- 歌手:Katia Plachez
★ ミシェル・ボワロン監督作品。この曲はフランスでのコンサートの映像には含まれていませんでした。
[3] Concerto pour la fin d'un amour - Un homme qui me plaît / あの愛をふたたび~恋の終わりのコンチェルト [1969]
★クロード・ルルーシュ監督作品。主演はジャン・ポール・ベルモンド
[4] Bilitis / ビリティスのテーマ [1977]
[5] La Chanson de Mélissa - Bilitis / ビリティス~愛の手ほどき [1977]
- 歌手:Loréne Devienne
★女性同士の同性愛を描いたデイヴィッド・ハミルトン監督作品。
レイモン・ルフェーヴルやノーマン・キャンドラーが演奏したのは「愛の詩」の方なので、少しだけメロディが違う。
[6] La Valse du Mariage - Le Passager de la Pluie / 雨の訪問者~ワルツ [1970]
- 歌手:Reina Kitada
★「太陽がいっぱい」でおなじみのルネ・クレマン作品。このサントラのシングル盤は、日本では最高8位の大ヒット。
[7] Vivre pour Vivre / パリのめぐり逢い [1967]
- 歌手:Reina Kitada
★クロード・ルルーシュ監督作品。「白い恋人たち」「男と女」同様、イージー・リスニングのアーティストがごぞって演奏。
[8] Les Etoiles du Cinéma / シネマの星 [1973 日本未公開]
★これは日本未公開のTV番組のテーマ曲のようです。
[9] Le Passager de la pluie / 雨の訪問者 [1970]
- 歌手:Anne Sila
★さきほどはワルツでしたが、こちらはテーマ曲。ポール・モーリアの名演をまず思い出してしまいます。
[10] 13 Jours en France / 白い恋人たち [1968]
- 歌手:Anne Sila ←日本語で歌われました
★グルノーブルで開催された冬季オリンピックの模様の記録映画で、原題は「フランスでの13日間」という意味。
[11] メドレー
ーHello-Goodbye / ハロー・グッドバイ [1970]
★ミシェル・ボワロン監督作品。この曲はフランスでのコンサートの映像には含まれていませんでした。
ーLe Voyou / 流れ者 [1970]
★クロード・ルルーシュが知人の犯罪計画のアイデアを買い取って映画化した(と言われている)アクション劇。
ーLa Bicyclette / 自転車乗り [1968]
★自転車旅に出かけた若者6人中たったひとり参加した女性への恋心を歌ったイヴ・モンタンのナンバー。
ーLe Bon et les Méchants / レジスタンス/反逆 [1976]
★クロード・ルルーシュ監督作品。日本では劇場公開されず1990年にビデオテープで発売。
ーSmic Smac Smoc / 恋人たちのメロディ [1971]
★クロード・ルルーシュ監督作品。フランシス・レイ自身も盲目のアコーディオニストとして出演した作品。
ーLes Uns et les Autres / 愛と哀しみのボレロ [1981]
★クロード・ルルーシュ監督作品。音楽はミシェル・ルグランとの共作。
[12] Love Story / ある愛の詩 [1971]
- 歌手:Katia Plachez, Loréne Devienne
★フランスではミレイユ・マチューが歌い1971年4月にフランスのヒット・パレードで1位を記録。
日本ではサントラのシングル盤が最高6位、アンディ・ウイリアムスが歌ったシングル盤が4位を記録。
[13] La Leçon Particulière / 愛のレッスン〜個人教授 [1968]
★ミシェル・ボワロン監督作品。この曲はフランスでのコンサートの映像には含まれていませんでした。
ポール・モーリアやルフェーヴルも取り上げたメロディ。
[14] Un Homme et une Femme / 男と女~テーマ [1966]
- 歌手:Clémentine
[15] L'amour est bien plus fort que nous / 男と女~あらがえないもの [1966]
- 歌手:Clémentine
★2曲とも、フランス公演ではニコール・クロワジーユが歌ったパート。初日東京は14と15が逆だったような…。
[16] ザ・ファイナル・ドット(遺作の未発表曲)[2023]
★フランシス・レイが亡くなる数日前に完成した作品。ティエリー・ウォルフ氏がスマホで撮影した映像とともに。
[17] Paris des Autres / 愛と哀しみのボレロ~占領下のパリ [1981]
★レイが作曲しサントラ盤ではルグランが編曲した曲。