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カーペンターズ & ロイヤル・フィル

 カーペンターズはルフェーヴルやモーリアなどとともに私の好きなアーティストだ。私に限らず1970年代の中高生にとっては多くの人がカーペンターズを身近な存在として感じていたはずで、実際、受験勉強の友であるラジオのリクエスト音楽番組ではほぼ毎日かかっていたし、当時多くの中高生が読んでいた学研や旺文社の学習雑誌(「中一時代」とか「中二コース」とか)で「トップ・オブ・ザ・ワールド」などの歌詞が英語の学習素材として取り上げられ、『緑の地平線』のアルバムが発売された際は、そのカラー広告が表3(裏表紙裏)を飾ったものだった。私としては、もちろんカレンの歌声も魅力だったが「ジャンバラヤ」「悲しき慕情」などで聴ける奇声?や笑い声などが新鮮で、それでいて美しいメロディやハーモニーと軽快なリズムにアメリカという国への憧れまでも感じていた。LPはお金がなかったこともあり買えなかったがFMラジオでもよくかけられていたからそれほど困ることはなく、そのお陰でルフェーヴルの方に小遣いをシフトすることができた。また友人がカーペンターズのファンクラブに所属していて、彼もルフェーヴルが大好きだったのでよく音楽談義をしたことも思い出す。

 だが、カーペンターズの人気は『見つめあう恋』のアルバムからのシングル・カットが一巡したあたりから徐々に陰っていく。ロックやディスコのような荒々しいサウンドの前に、リチャードの健全で美しい旋律はなすすべもなかった。さらに創設以来キングレコードが扱ってきたA&Mレコードの日本での発売権が契約費用の高騰(と言われている)によりアルファレコードに切り替わり、さらにポニーキャニオンに移るなどしてレコード会社によるプロモーション体制が大きく変わったこともあって、またLPからCDへの移行期に入ったことも手伝って、一時期カーペンターズがほとんど顧みられない時期さえあった。大学生時代に友人と「カーペンターズほどの偉大なアーティストのCDが全く出ていないのはおかしい」という話をしていたことも思い出す。2枚組のCDがやっと発売されたのはそれからしばらくたってのことだった。そんな中で報道されたカレンの拒食症による死(1983年2月4日)。それは当時、新聞の1面を飾りワイドショーでも扱われるくらいショッキングな出来事だった。その後、1986年にテレビドラマのテーマ曲として「青春の輝き」が取り上げられるなどして人気が復活し、ベスト盤がヒット・チャートにノミネートされたり、さらにはオリジナル盤が紙ジャケットで復刻されたりするなどしてファン層を増やしているのは古くからのファンとしてうれしい。本当はルフェーヴルが一番そうなってほしいが…。

 カーペンターズのすごさはサウンドとしての完成度だと思う。それは他のアーティストのリメイク作品を聴くとよくわかる。ビートルズの「涙の乗車券」「プリーズ・ミスター・ポストマン」、ハンク・ウィリアムスの「ジャンバラヤ」、ハーマンズ・ハーミッツの「見つめあう恋」、ニール・セダカの「悲しき慕情」、ジューシー・ニュートンの「スウィート・スマイル」…。そのいずれもがカバーであることを感じさせず、オリジナル作品とは全く違うカーペンターズならではの世界観を形成している。ただ、そこにある足すことも引くこともできない完成度の高さ比べると、1997年に発表された『新たなる輝き』という、カーペンターズのヒット曲をリチャード・カーペンターによる編曲でオーケストラ演奏されたアルバムで聴ける作品は、リチャード・カーペンターのファンの方には申し訳ないが物足りなさを感じずにいられない。逆に言えば、彼のアレンジはカレンの歌声の魅力を100%引き出すことで生み出されたてきたものであることになる。

 だから、ロイヤル・フィルを使って伴奏を再レコーディングした、と言われても興味半分、不安半分というのが正直なところだった。ただ、そう思ってたところ、あるイージー・リスニング・ファンの方から「結構いい出来ですよ」という話を聞いたので早速ネットからダウンロード購入。確かに、過剰な音の追加はなく昔の雰囲気を崩さないように再録音した、といった感じで懐かしくも新鮮な作品に仕上がっている。それに何と言ってもカレンの声が非常に美しくマスタリングされていて、とても50年前の音とは思えない。カレンが自分自身のこととして歌ったという、私が一番好きな「青春の輝き」で"I know I need to be in love"の部分が聞こえてくると涙を抑えずにいられなかった。ただ私としては「青春の輝き」はカットされてしまった前奏部分のピアノ部分が重要で、あのチャペルのような厳かな雰囲気こそがこの作品のテーマにつながっていたと思っているだけに残念でならない。そのほか「イエスタデイ・ワンス・モア」の40秒あたりで出てくるストリングスとか、「愛にさよならを」の終わり部分のトランペット、「プリーズ・ミスター・ポストマン」の中間部のバロック調になるあたりなど「うーん…。」と思う部分は正直あった。(「プリーズ・ミスター・ポストマン」は、どうせやるなら最初から最後までバロック調で貫く方がよかった。)だた、全体的にみて期待以上の作品であることは間違いない。いや、まだ表面的にしか聴いていないだけだから、聴きこなしていくとリチャードの小さなこだわりが聴けてくるだろう。そしてそこから曲に込められた新たなメッセージを読み取ってみたい。

余談:リチャードは1980年代に入って主要ヒット曲をリマスタリングした際に「イエスタデイ・ワンス・モア」で"It made me simle"と歌われる箇所に新たなコード挿入をおこなったが、ポール・モーリアは1973年に同曲を編曲し録音した時点でそのコード挿入を自身のアレンジに取り入れていた。すごく自然な使い方なので、気がついている人は少ないかもしれない。

[2019.01.04 up date]