日本に初めてレイモン・ルフェーヴルの「シバの女王」が紹介されたのが1968年12月20日に発売された『ラ・ラ・ラ(SR-222)』というアルバム。そして、シングルカット盤がリリースされたのは1969年2月20日のこと。そうです。今年は「シバの女王」ヒット50周年の記念イヤーなんです。 当時のディレクターが、周囲からの「弦が多すぎる(=古くさい演奏)」という意見をはねのけて、古典的な演奏に対比させる現代的なサウンドの作品として選んだ「パーリー・スペンサーの日々」をB面にして発売したこのシングル盤は、じわじわと人気を上げ、オリコンのチャート上位100位以内に110週(最高26位)もチャートインするというたいへんなロング・セラーを記録し、今でも洋楽部門ではナンバー1の記録を保持し続けています。 ギターで奏でられるイントロやバロック調演奏の斬新さ、左右からヴァイオリンやヴィオラが包み込んでくるような、それまでになかったサウンドだけでなく、演歌にも通ずる哀愁を帯びた美しいメロディと後半の力強い部分の対比という曲調も、当時の日本人の心の中にすっと入って行けた要因でしょう。さらには「シバの女王」というちょっとエキゾチックな香りのする曲名も良かったと思います。

 その曲名ですが、邦題/原題それぞれに気になることがあります。本日はそれを取り上げてみようと思います。

■謎1:「シバの女王」か「サバの女王」か
 日本で一番最初に"La Reine de Saba"という作品が紹介されたのは、1968年6月25日に日本で発売されたポール・モーリアのアルバム『恋のアランフェス/ポール・モーリア・ラテンの幻想』に収められた「サバの女王」だと思われます。ただし、このアルバムはのちにルフェーヴルの「シバの女王」のヒットを受けてジャケットが差し替えられ、"La Reine de Saba"を前面に押し出したアルバム・タイトルに変えられています。とは言え、邦題曲名の方は初回発売時と変わらず「サバの女王」のままでした。そしてルフェーヴルの息の長いヒットに影響されてか、ポール・モーリアも以降のベスト盤などからは「シバの女王」が使われるようになっていきます。 日本では、旧約聖書に描かれる、ソロモンの知恵を試しにエルサレムを訪れた女王は「シバの女王」と称するのが普通であり「サバの女王」というのは一般的ではありません。ルフェーヴルのあのクラシカルな演奏には「サバの女王」ではなく「シバの女王」という名を冠してこそ、聴く人のイメージを豊かに広げることができると確信した当時のキング・レコードのディレクターの判断は正しかったと思います。
 しかし、1969年8月25日にルフェーヴルのヒットを受けて発売(日本コロムビア)されたミッシェル・ローラン盤(A面がフランス語でB面がなかにし礼による日本語歌詞)では、曲名はフランス語の歌詞に近い音の「サバ」が採用され、1972年7月1日のグラシェラ・スサーナによる歌唱盤も「サバの女王」と題して発売(東芝EMI)されました。このことについてWikipediaに『レイモン・ルフェーブル楽団バージョンも「シバの女王」としたが、ヒットを受けて日本でオリジナル・バージョンが発売される際にローランのフランス語の発音に合わせ「サバの女王」と題された。』との記述がありますが、少なくともキングから発売されたレコード上ではその痕跡は残っていません。
 ちなみに、ローラン盤はオリコンのベスト100以内に13週登場で最高83位。スサーナ盤は54週登場で最高62位でした。

■謎2:"Ma Reine de Saba"か"La Reine de Saba"か?
 実は、本家ミシェル・ローランのタイトルは"Ma Reine de Saba"「私のシバの女王」となっています。もちろん、ルフェーヴルのフランス盤(No.5)ジャケットにも"Ma Reine de Saba"と書かれています。いったいだれが、"La Reine de Saba"に変えてしまったのでしょうか? 実は、それもポール・モーリアがからんでいます。ポール・モーリアのフランス盤アルバム(No.6)ジャケットを見ると、"Ma Reine de Saba"ではなくて、"La Reine de Saba"と書かれています。なぜ、そうなってしまったのかはわかりません。仏PHILIPS担当者のミスなのか、意図してやったのかはわかりません。ですので、決して日本で勝手に曲名を変えたわけではなさそうです。そして、おそらくポール・モーリア盤の日本での発売時に曲名をJASRACに登録する際、そのまま"La Reine de Saba/サバの女王"と登録され、それを引き継いだキングも"Ma"ではなく"La"の原題を選んだのでしょう。

※ジャケット写真は、ルフェーヴルの初来日公演が始まる直前の1972年4月1日にレーベルをセブンシーズからリヴィエラに変えて再発売したHIT-2007です。