キングレコードからの初発売時は「愛の調和」、ポリドール時代は「愛の調べ」、ビクター時代になって「調和の幻想」と、邦題がどんどん変えられたこの曲は、1978年に発売されたアルバム"Soul Symphonies No.3"に収められている作品です。原曲は、ヴィヴァルディが1712年に「調和の霊感」(もしくは「調和の幻想」と訳されることも)という表題で発表した協奏曲作品3番の6、イ短調の第1楽章。「四季」が広く知られる前、ヴィヴァルディの作品と言えばヴァイオリンを習い始めた人が最初に与えられるとして、この協奏曲が一番知られていたとも言われていて、YouTubeでもピアノ伴奏をバックに演奏していたり、弦楽奏をバックに小さな子が独奏していたりする映像も出てきます。実は私の父がヴァイオリンを少しだけ習った経験があったことで、この曲のそういった背景について聞かされており、またレコード(アーヨ/イ・ムジチ盤)でも親しんでいた曲でした。
 
 オリジナルの楽譜(スコア)で確認すると、独奏ヴァイオリンの他にヴァイオリン、ビオラ、チェロ(チェンバロがある場合はチェロと同じ譜面を共用)の4つのパートから構成されています。ですから、どんなにがんばっても同時に鳴っている音の数は最大4つで、しかも、この曲の独奏ヴァイオリン以外の楽器は引き立て役に徹していますから、オーケストレーションするにしても根本的に音の構成要素が少なすぎます。ピアノ独奏曲なら両手を使って最大で10音鳴ってますから、その音を各楽器に振り分けていくことでオーケストラのスコアを作っていける部分があるかもしれませんが、この曲の場合は、音が少なすぎてそれができません。もろにアレンジャーとしての伴奏メロディづくりのセンスが問われる作品と言えると思います。そして、ルフェーヴルは、ほぼ全編に渡って独自のメロディを付加しています。
 
 特に象徴的なのが60小節目(ルフェーヴルの演奏で2:41あたり)から始まる部分で、原曲ではソロ・ヴァイオリンがメロディを奏でて他の楽器は音を添えているにしかすぎない部分が、ルフェーヴル盤になるとベースとシンセとチェンバロ、弦楽器などで、3つ(かそれ以上)の異なるメロディが同時進行して、まさに霊感的な音空間を作り上げて終曲部へと盛り上げていきます。これを初めて聴いた時は本当に衝撃を受けました。ルフェーヴルが演奏する以前からヴィヴァルディのオリジナル演奏を聴いてきた身としては、シンプルなバロックの音楽ではなく、もうそれは音が幾重にも交錯する不思議な世界としか言いようがなかったのです。
 
 また、ルフェーヴルは原曲を尊重しながらも、以下の2箇所をオリジナルの譜面から修正することもおこなっています。
(1) 27小節目の途中から32小節目の途中まで飛ばして、その代わり2小節分オリジナルのメロディを追加(2) 60小節目から、2小節、1.5小節、1.5小節とつながる部分を、2小節、2小節、2小節、という流れになるよう、0.5小節ずつメロディを追加
この(2)のメロディの追加は、リズム・セクションを入れたことによる収まりの良さを狙って付加したのだと思いますが、グノーがバッハの前奏曲1番に対して22小節目の後に1小節付け加えられている版を伴奏として用いてアヴェ・マリアを作曲したのと通じるところがあるように思えます。
 
 さらに、ヴァイオリン独奏者が奏でる主旋律で8分音符で演奏される部分を16分音符のメロディに置き換えたり(32小節目あたり=ルフェーヴルの演奏で1:36あたり、47〜54小節目=2:12あたり…など)するなどして、初心者向けだった楽曲が、ヴィヴァルディもびっくりの、全く違った姿に生まれ変わってしまいました。まさに、世界一のアレンジャーであるレイモン・ルフェーヴルの面目躍如たる演奏です。

●Concerto En La Mineur de Vivaldi(ただし伴奏が弦楽合奏ではなくピアノ)


 レイモン・ルフェーヴルのアレンジの素晴らしさは、こうやって原曲と聴き比べることで、より深く感じ取ることができます。

●レイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラ "Concerto En La Mineur de Vivaldi"